瞳の宝石  ブルーバード編

 

「だから、うちで暮らしたらいいじゃない。」

 

 

 

明けない夜はまだ森を迷っていた。

二人は香草に包まれた色深いチーズを肴にワインを嗜む。

 

「お休みの日は外に出たくないなぁ」

「働かないんでしょ?たまには買い物とかしましょう。」

「だって少しでも一緒に寝てたいし……。」

「……すぐにおなかすいたとか言い出すのは誰よ。」

くすくすと笑ってワインを手酌しようとするシェリーに、少し細い目で睨むルシオラがボトルを奪う。

ゆったりとくゆるランプの灯りの下では思慮湧く他愛のないそんなやり取りが行われていた。

酔いも程よく、多少なりとも饒舌になってゆく二人は誰に見られることもなく。

 

「とにかく、行事とか、記念日とか、そういうのは寝て過ごすのは駄目よ!貴女はほっとくと……」

「記念日ってどんな?」

ぽろっと浮かんだ疑問を割り込むように口にすると、質問されたルシオラは急に目を見開いて一度口を閉じる。

「た、誕生日とかよ。……保冷庫のおつまみ取ってくるわ。」

ふぃと顔を背けて突然席を立つその耳が少しだけ赤かった。

 

 

 

一人になったシェリーは椅子へ腰を深くかけ直し、ワインボトルを傾ける。

しかしちょうど空になっていたそれは天地無用の意味をなさず、口寂しさは増すばかりである。

壁掛けされた姿見に映る自身の顔を見ながらシェリーは想う。

空になった向かいの椅子の主を幸福にしたいと思わなかったわけではない。

そこに自身の幸福が重なっていなければ、この口寂しさも霧散するのだろうか。と。

 

唇が渇くのが怖いのか、指でなぞってすぐに大声で彼女を呼ぶ。

「お姉さん~!美味しいのが無くなった……。」

「美味しいお水でも飲んだら?」

保冷庫のある地下室から少し冷たい声だけが聞こえてくるだけで充分なのか、

姿見に映る彼女はいつもの様子を取り戻す。

 

 

 

トントントンと階段を上がってきたルシオラの手には、瓶詰めピクルスとワインボトルが揃っている。

「ルシオラはやっぱり優しいなぁ。好きです。」

そう軽口を叩いてボトルを受け取り、開封するシェリーはボトルに映った自分に笑う。

「ワインに向って言うのやめてほしいな。」

ルシオラは呆れながら空の椅子を埋める。

 

器に広げられたピクルスは酸味が強く、ワインにとても良く合っていて何よりシェリーの好みの味付け。

それは二人の、もし一緒に住んだら何処に行こうとか、もし一緒に住んだら部屋が狭いとか、

自由勝手な論議の合いの手にぴったりであり、彼女のずるいところでもある。

いつか歳をとったらどっちが介護するだの、変に具体的な予想図を醸されてゆき、夜は深まる。

 

 

 

いつもより多く笑いながら、いつもより少しだけ見つめあっている時間が長いような。

そんなずっとずっと続きそうな一瞬を楽しむシェリーは、自身の背後のそれに振り返らずとも気付いた。

同じ一瞬を楽しんでいたルシオラの赤い瞳に刺すような水色が映り、刹那だけその眉が下がったから。

シェリーが振り向かずフォークを小皿に返して、そして口を開こうとするよりも速く。

 

 

「だから、うちで暮らしたらいいじゃない。」

 

 

目の前の人はずるい表情でワインボトルを傾ける。

 

 

「うん。いいよ。」

 

 

シェリーは決して瞳を逸らさず、グラスを差し出す代わりに彼女の空いた左手を握った。

それはシェリーにとってとても珍しいことで、自分から素肌で誰かに触れたりすることが実は殆どない。

震えがバレないように差し出した指先は、同じように隠していたのであろうか、その握った左手に呼応する。

 

 

「じゃあ行ってくるね。」

 

 

「待って。」

 

 

「私も待ってて欲しい。いつか必ず全てを失って帰ってくるから。」

 

 

「嫌よ。」

 

 

「けち。」

 

 

瞳の宝石だけは、互いに奪えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

代わりの宝石  オルタナティブバード編

 

「だから、うちで暮らしたらいいじゃない。」

 

 

明けない夜はまた森を迷っていた。

二人は香草に包まれた色深いチーズを肴にワインを嗜む。

 

「お休みの日は外に出たくないなぁ」

「もう働かないんでしょ?たまには買い物とかしましょう。」

「だって少しでも一緒に寝てたいし……。」

「……すぐにおなかすいたとか言い出すのは誰よ。」

くすくすと笑ってワインを手酌しようとするシェリーに、少し細い目で睨むルシオラがボトルを奪う。

ゆったりとくゆるランプの灯りの下では思慮湧く他愛のないそんなやり取りが行われていた。

 

「とにかく、行事とか、記念日とか、そういうのは寝て過ごすのは駄目よ!貴女はほっとくと……」

「記念日ってどんな?」

ぽろっと浮かんだ疑問を割り込むように口にすると、質問されたルシオラは急に目を見開いて一度口を閉じる。

「た、誕生日とかよ。……保冷庫のおつまみ取ってくるわ。」

ふぃと顔を背けて突然席を立つその耳が少しだけ赤かった。

 

 

独りになったシェリーは椅子へ腰を深くかけ直し、ワインボトルを傾ける。

しかしちょうど空になっていたそれは天地無用の意味をなさず、口寂しさは増すばかりである。

壁掛けされた姿見には前掛けが垂れているため自分の顔は見えないが、容易に想像はつく。

空になった向かいの椅子の主を幸福にしたいと思わなかったわけではない。

ここに自身の幸福が重なっていれば、この口寂しさも霧散するのだろうか。と。

 

唇の渇きの不自然さを、指でなぞってシェリーは席を立った。

壁掛けされた姿見へ歩みより、前掛けをはぎ取る。大きな鏡面にはシェリー。

そして、その奥にそれは居た。

 

「どうして居るのよ。」

指を伸ばすも、鏡の中のシェリーの指が邪魔をしてその奥へは届かない。

「おいで、あなた達には私が必要でしょう。」

 

シェリーの言葉に、水色のそれは首を振る。

「ごめんね。そっちには行けないんだ。」

 

「それなら私が行く。どうすればいいの?」

 

「だめだよ。君には幸せになって欲しいんだ。」

 

「何言ってるの……?あなた達だって、私がいなかったら何もできないくせに……。」

苛立ちが細い爪跡に代わり鏡の表面を抉る。

 

「そう思っていたんだ。僕たちも君の家系を不幸にし続けなければならない宿命なんだと。……でも違ったんだ。

 僕の一人が、君たち無しでも幸福になれると証明してくれたんだ。だから心配しなくていいんだ。」

 

「そんなの嘘に決まってる!そんな風にはあなた達はできてないわ!」

 

「……僕たちは誰かの幸福のために在るけれど、僕たち自身と、もう一つだけ幸せにできない人がいた。」

 

「それが私でしょ。それで良いって言ってるの!」

 

「違うんだ。君の幸せを望む人さ。本当は君だって気付いている。だから逃げ続けてきたんだ。一緒に。」

 

「……だから嫌なのよ……ほんと欠陥品。私に、やっぱり青い鳥の代わりをやれっていうのね。」

 

「あはは、一緒に幸せになりたかった!」

屈託のない笑顔は鏡の中のシェリーと手をつないだ。

 

「パライバトルマリンの加護と呪いに懸けて、君に幸あれ。」

 

 

 

 

 

トントントンと階段を上がってくるルシオラの手には、瓶詰めされたピクルスとワインボトルが揃っている。

登り切った彼女は、鏡の向こうを覗くシェリーを見つけ、目を見開く。

 

不意に手放した瓶とボトルが地面に触れる前に、その声は響く。

 

「待って!!!」

 

 

シェリーは姿見に前掛けを戻し、振り返る。

「何処にも行けないよ。」

散らばるガラスの破片の中から肩を引き寄せて、彼女をぐっと抱きしめた。

「ただいま。」

 

 

 

彼女が何と返したのかは、前掛けの裏側からは聞き取ることは叶わない。

 

それでも、偽りの物語には一つの希望が示されていた。