サディーネの海が金色に染まる数日前、ヌーンはMGFへの参加のために港町の宿へ向かっていた。

海風の薫るこの町は彼女には少しだけ心細い。にぎやかな人込みにも慣れていないのもある。

「ヌーンさんお久しぶりです!」

通りの飯屋から魚をかじりながら現れる金髪に見覚えは無かったが、キラキラしたネオンブルーの瞳とその快活な声に覚えがあった。

「…ソレなのか?」

「そうですよ!偶然ですね!」

魔力を失っているソレが目の前に居るのは本当の意味で偶然なわけだが、それほど深く考える性格でもないヌーンにとっては髪の色が違うことばかり気になってしまう。

銀花祭後のお互いのあれやこれ、いっぱい話すうちにヌーンも少しだけ楽しくなる。

ソレもやりたいことがいっぱいである。

「そうだ!ヌーンさん!水遊びがしたいです!」

「……いやだ。」

「ヌーンさん!水遊びがしたいです!」

 

「……いやだ。」

三度繰り返して折れるヌーン。行きつく先は結局衣装屋だった。

なんで濡れるための服を買わなきゃいけないんだとごにょごにょと愚痴を言うヌーンだったが、水着自体は大変可愛らしい。試着する毎にソレが褒めてくるため段々と調子に乗ってくる。

「いいですね~」「そうかな~?」

「それも良いですね~!」「そうかな~!」

「それも似合いますね~!!!」「そうかな~~!!!」

仕舞にはルンルン気分で海へ向かうソレとヌーン。ニコニコだ。水着もばっちり決まっていた。

 

まぶしい太陽、青い空、白い雲。サディーネのキラキラ輝く海が視界いっぱいに広がる。

「海です!遊びましょう!!」

「私は入らないからな…」

 

ヌーンが投げ込まれるまでにはそれから結構な時間がかかったとさ。

 

 

 

 

 

 

◆選り好み◆(ゾリア)

 

「どんな届けものでも頼める者がいると聴きつけたのだが、そなたで間違いないか?」

「多分違う人ですね。」

 

事務所に突如訪れた褐色の魔女の問いに、平然と嘘を吐くシェリー・ブルーバードだが、

伝書鳩を大量に生み出している真っ最中であり言い訳の余地は無い

 

「これは失礼した。そなたではなく、そこの鳩達であったか。」

(……これはもしや嫌味の部類かしら)

 

「それで、ご用は何かしら?今忙しいから冷やかしでしたらご遠慮して頂けますかしら?」

一本取られたような心持ちに若干顔を引きつらせながら、最高の笑顔。

 

「私の辞世の文を、然るべき時に然るべき相手に届けることは可能だろうか。」

淡々と、緩急無く紡がれた言の葉にはとても簡潔に要件が組み込まれているが、シェリーの今取り扱っている郵便物とは逸脱し過ぎ、とてもじゃないがこんなブランチタイムに発される内容ではない。

「可能よ。」

褐色の魔女の言葉を食い気味に切り返した回答は、シェリーのプライドによるものだ。そして続ける。

「でもお断りよ。」

 

「……ふむ。それは対価があっても罷り通らぬということか。」

「うん。対価があっても私がやりたくない仕事だからやりたくないの。分かり易いでしょ。」

「うむ。大変分かり易い。それではこの話は無かったことにさせて頂こう。」

「ありがとう。仕事が減って助かるわ。」

来訪者の眉間には少しだけ皺が寄る。

 

「しかしなんだ、せっかく足を運んだのだから、別の文を一つ送っていただけるかな?こちらは、以前世話になった私にとって数少ない友人への書状なのだ。」

 

「仕事が増えて困るのだけど、その依頼は受けるわ。」

郵便屋の眉間には露骨に皺が寄る。

 

「礼を言う。対価は何だ。硬貨でよいだろうか。」

「そうね、余生の句でも一つ頂こうかしら。」

 

「ははっ、それは高くついたものだ。」

 

 

◆幸福で腹は膨れない◆(ネクタール)

 

桜散り染まる並木道を可憐に旅する女性に、シェリーにしては珍しく目が留まった。

正確にはその女性にというより【角】にであったが。どちらにしても珍しいことである。

これから食事を、と喫茶店に向かうシェリーにとってはすぐに目を逸らすだけであったのだが、

はたと目が合った角の女性はわずかに困り顔をしてこちらへ駆け寄ってくる。

 

これは面倒な予感。

 

くるっと背を向けようとするが、抑揚こもる澄んだ声を一足先に掛けられる。

「すみませ~ん、少し道をお伺いしたいのですが……」

 

角め……と目に留まった角を若干恨みつつ振り返る。

「私ですか~!この辺あんまり詳しくないので答えられないかもしれませんけど……!」

この地域にわからない場所は無いが平然と嘘をつく。

 

「この宿屋を探していまして……」

角の女性が広げる地図にはなかなかどうして説明しづらい隠れ宿がチェックしてあった。

土地感の無い旅人では似たような路地が多く迷うのも頷ける。

 

シェリーは分からないフリをして立ち去ろうと考えた。

しかし駄目なのだ。この鳥籠の魔石がうずうずしているのだから。無視して通り過ぎれば後がうるさい。

 

「その宿は泊る、というより届けたいものが有るんですよね?」

「え……どうして分かるんですか?」

不信、という表現が一番近い面持ちに、シェリーはまずそうに切り返す。

「私、郵便屋なので……そういうのが分かっちゃうんです。職業柄。」

 

「そうなんですか!プロの人ってすごいんですね!」

ぱっと明るむ目元に安堵するシェリー。

「実は昔馴染みの友人とそこで落ち合うんです。手製の花のブローチを渡すつもりだったんですが……」

 

これか、と目を細めて魔法の鳩を生み出す。

「それでは、私の代わりにこの子に道案内をさせましょう。そのブローチを預けてくれれば、その宿へ向かってくれますから。ただし決して置いていかれないよう。」

 

 

少し驚く彼女は、それでもすぐに感謝を一言、ありがとうの後に飛び立つ鳩を追い走ってゆく。

小さくなってゆく角の女性をぼーっと見つめながらふと思い出す。

 

「いけない!急いでご飯食べに行かなきゃ!」

さっと背中を向けて走り出す。

 

 

 

◆無いものは無い◆(レテイア)

 

バカンスという職務放棄を満喫するため、シェリー・ブルーバードはとある海域の旅館へ滞在していた。

彼女はしこたま酒を飲み、潰れるようにベッドで泥酔していた。これはそんな夢時の話。

 

「ふむ、珍しい客だ。君にも忘れたいことがあるのかね」

「……?二日酔いとか?」

「はは、どうやら現夢の隙間に紛れ込んでしまっただけとみる。」

「あんた誰よ。半分は食べれそうだけど。」

「私はレテイアでもある。」

「ふぅん、それで、私の夢の中で何をしてるって?」

「別に何ということはないよ。ただそこにいるだけとも言えよう。」

「女性の部屋に勝手に上がりこむのはどうかと思うけど、せっかくだし一杯やってく?」

「それもまた、興が乗るというものか。付き合おう。」

「夢なんだからどうせ適当な引出しに入ってるんでしょ?アルコール。ほら入ってるわ。」

「こんなに夢を従事させる者もそうそう居るまいな。」

「中間管理職を舐め過ぎよ。で、何に乾杯する?」

「では夢無き夢に、などではいかがかな?」

「キザったらしいわね。乾杯!」

「乾杯。」

 

 

「はーまず。もうちょっといいお酒出してよ。」

「ここに無いものは無いよ。」

「やっぱり有るんじゃない。」

「やれやれ、面倒なものだ。」

 

◆等価交換◆(セリ)

 

「錬金術!ははぁ!それは素晴らしい!私、今すごくお金に困っているの!ぜひ今出して!」

ネオンブルーの瞳はキラキラと輝き、放たれた笑顔が茶髪の魔女に突き刺さる。

 

公園で偶然出会った郵便屋は何をするでもなくベンチに座ってたい焼きを頬張っているものだから、

何気なしに声をかけてしまったことを、彼女は後悔していた。

 

「残念だけど、錬金術はお金を出すものじゃないし、対価も無く生み出せる魔法でもないから。」

 

話半ばにシェリーブルーバードはすぅっと瞳のハイライトを消しながらベンチに背を預け、天を仰ぎ、帽子を顔の上に乗せて動かなくなった。

 

「使えない」

ぼそっと聞こえたその言葉を茶髪の魔女は聞き逃さなかった。

シェリーの手に握られていた二つ目のたい焼きを奪い間髪入れずかじる。

 

飛び起きたシェリーが視認する先には鯛のしっぽが飲み込まれていく瞬間だった。

 

「もがもが!(たい焼きを対価にお腹が満たされる!これが錬金術よ!)」

「金を払えーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

魔法は万能ではないと知っている二人だからこそ、戦わなければならない場合もある。

 

 

 

◆善意◆(ルシオラ)

 

「流行り病の薬をその町の人全員に配れって?嫌よめんどくさい。」

緑髪の魔女の依頼を平然と断るシェリーの顔はこっちを見ていない。面白い雑誌に夢中なのもあるが何より怖い顔をされていそうだからだ。

 

沈黙

 

「それで、依頼料は?」

諦めて雑誌をテーブルへ放り投げてイスに深く座りなおす。

 

「言い値で構わないわ。私もその町の町長に依頼されてるから。でも薬は用意できても患者全員に配布出来るほど時間が無いの。」

「何件?」

「200。少ないでしょ。」

「少ないね。でもルシオラにその数に等しく届けたいという気持ちが無ければうちの子は貸せないよ。」

「足りないの?」

「……足りてる。」

善良な思いが複数人相手に等しく足りるというのは鼻持ちならないことだ。

シェリーにはとうてい無理な気持ちである。

 

「じゃあ薬が出来たらまた事務所へ来てよ。後、その町の区画地図もよろしく。」

「ありがとう。いつも助かるわ。」

にこりと笑って緑髪の魔女はカバンからシェリーの前にクッキーを差し出す。

「前金よ。」

 

「これはこれは、分かってらっしゃる。」

バリバリと袋を破る。とても包装物を郵送している者の態度ではない。

「それ、誠意のない人間が食べると死ぬ薬入りだから。」

「……薬屋が言うと洒落にならないんだけど。」

そう言いながら手も止めず頬張る。

 

善意など、願いを見れば簡単に分かるのだ。

 

 

◆鳥で在るなら◆(ユウ)

 

時は夕暮れ、一通り仕事を終えた青い鳥たちの数匹が、シェリーの事務所へ窓から帰ってくる。

「おかえりなさい。お疲れ様。」「おかえりなさい。お疲れ様。」

役目は果たせど絶えることの無かった願い達は鳥籠の中へ還ってゆく。

 

トントンッ

不意に事務所のドアにノック音。訝しそうにシェリーは放つ。

「お客さん?今日はもう仕舞時だよ!」

構わずガチャリと開く扉の先には小さな少女の姿。背中にはカワセミの羽。

「あれ、かわいいお客さんだね。もう定時過ぎなんだけど??」

 

「綺麗な鳥が何羽も此処に向ってたから……」

儚げで鈴のような声が汚く散らかされた部屋に響く。

聞くところに寄れば、商店街でご主人さまのお使いをしていた彼女は何匹もすれ違う青い鳥が気になってついてきてしまったらしい。

 

「ははぁ、じゃあ目的も無ければ用も無いってこと?なんというか無邪気というか能天気というか……」

呆れるシェリーをよそに、少女は宝石入りのケージをしげしげと見つめる。

「君もケージに入りたいのかい?」

意地わるそうに。

 

「ううん。もう帰る場所があるから。」

素直に。

 

「それじゃ、早く帰るんだね。」

意地わるそうに。

 

「うん。お邪魔しました。」

素直に。

 

閉じた扉の向こうの羽の音に向ってシェリーは意地わるそうに。

「自由に空を選択できるなんて、やっぱり鳥はそうであってほしいものね。」

 

ジャケットだけ脱いでソファに寝転び、ただ次の日を待つ。